債務整理コラム
恐怖の宅配便
人の精神と言うものは驚くほどお金に左右されるものです。それまで周りからも慕われていた謙虚な性格の人が、株や不動産で一山当てた途端に威張り散らしたり、逆に社長業をしていた人が多重債務に陥った結果、人と会話もできないほどに塞ぎこんでしまい、結局悲しい結末を迎えたなどと言う話など枚挙に暇がありません。そして多重債務に陥った人々に関わっていると、私の場合、自分はお金の解決策を彼らに提示しているのではなく、どちらかといえば医師のような役割を担っているのではないかと言う錯覚に陥ることがよくあります。
話は飛びますが、誰しもがよくみかけるものとして宅配便の業者があります。私が以前、債務整理のご依頼を受けて債務者のお宅にお伺いした折のことでした。
ご自宅の門をくぐり抜けたその途端、「帰れ!」と言う絶叫とともに私の顔すれすれのところを靴がすっ飛んできたのです。私としては何がなにやらわからなかったため、思わずかばんを顔の前にあてて屈みこんでしまいました。しかしその後でおそるおそる顔を上げて見ると、債務者の自宅の扉には宅配便がいたのです。どうやら債務者がその宅配便の青年に向けて靴を投げつけたようでした。青年は慌てふためきつつも、こちらの傍らをすり抜けて走って消えてゆきました。
私は立ち上がりつつ、数秒ほど唖然とした顔で半分ひらきかけた扉を見つめていました。すると肩で息をしながらも、青年の消えた方に向かって心底憎々しげな顔をしている債務者がそこから顔をのぞかせたのです。その表情を見た途端、私は「ははあ」と合点が行きました。
「督促状ですか」私が言葉を投げました。
すると債務者は私が何者か気づいたのか「たまりませんわ……」と舌打ちをしながら返事をしたのです。
債務者が借金を滞納した後に債権者から行方をくらました場合、債権者はもちろん債務者の住所を調べます。債権者が直接謄本を取りに行ってお客様の転居先を調べることも少なくはありませんが、大抵の場合は問題を起こさないためにお客様の住所を調べる代行業者を利用します。この業者はお客様の実家および親戚筋なども調べ上げることができます。それでも不明な場合、ごくまれに興信所を使うこともあるようです。いずれにせよ、よほどのことがない限り、債権者から逃亡しても追跡をされてしまう確率は非常に高いものと言えることでしょう。
そして、債務者の居所を追跡して「ここにいるのでは」と債権者が見当をつけたところに宅配便は赴くのです。つまり宅配便とは、督促状を送りつけることで、お客様が不在かどうか、また何時ならばお客様がそこにいるのかまできっちりと返事をしてしまう、債務者にとっては恐るべきシステムなのです。もちろん「受取拒否」にしても同じこと。「受取しない」と言うことは、受取しないことを決定した債務者がそこにいると、債権者に通知するも同様であるためです。そう考えると多重債務を抱えて逃げ回っている債務者にとって、宅配便とはまるでどこまでもどこまでも追いかけてきて、その足あとを残してゆくホラー映画の幽霊のような恐怖の対象のように映っていることでしょう。
もちろん「受取拒否」の後には内容証明が届き、次いで取り立て屋がやってくると言う流れになります。この順番はどんなに逃げても崩れることはなく、また次に逃げたところで、債務者が訪れそうなあらゆる場所に宅配便屋は出向くこととなるのです。多重債務に陥った人は大抵が家に閉じこもってしまい、びくびくすることになりますが、挙句にはまったく関係のない宅配便屋にすら敵意を剥き出しにせざるを得なくなります。
「じゃあ、逃げられないんですね」
ここまで説明をしたところ、向こうはがっくりと肩を落としました。そもそも債務整理の専門家を呼んで、逃げる方向で考えること自体が少しずれている気もするのですが。
「逃げるべきではありませんね」
長い債務整理の経験上、逃げたいと言う債務者の心と言うものも、とてもよくわかります。しかし逃げたいと言う債務者の心を断ち切らせることは債務整理業者として何よりも大事なこと。あまり例えはよろしくありませんが、「逃げられない」と言うように追い詰められた精神状況はまるで末期の重篤患者のような状態だと言えるでしょう。
結局、出会って十数分もしないうちに、債務者様は債務整理をする決心をつけてくださいました。「逃げられない」と債務者が悟ったその後に、借金と言う名のお客様の病巣を取り除き、手術を決行することが債務整理の本来の役割なのです。
私はあくまでも法律の専門家ではありますが、同時に冒頭に述べたように、自分を人の人生に希望を与える医師のような役割でもあるのではと考えています。極限状況で自分の未来をすら投げてしまい、びくびくと怯えている現状に終止符を打ち、一縷の光を与える手段と技術をお客様に与えられることを心より誇りに思っているのです。