債務整理コラム

債務整理もできない

債務整理もできない1

ご連絡を受けて当所を訪ねてこられたのは、まだ二十代も後半と思しき男性でした。彼は私が勧めた椅子に腰掛けはしたものの、青ざめた顔でうつむいたままでした。借金に限らず、ストレスを受けて気持ちがひどく沈み込んでいるときと言うものは、口を開くのさえおっくうなものです。私としてもその気持ちはよくわかりますが、それでもわざわざ来所されたのですから、こちらとしては話を促さないわけにはいきませんでした。

「本日はいかがされましたか」 こう切り出しはしたものの、事前にご連絡をいただいていたため、大まかに話の内容そのものは当方も把握していました。この男性の悩みは債権の回収。奥さんの家族に多額のお金を貸したまま、一銭も帰ってこないと言うものだったのです。とくに義理の父親からの催促がひどく、毎月お給料の半分近くを貸してはいるものの、返す素振りも見せないと言うことでした。その金額はざっくり計算して100万円以上。

私としては内心嘆息せざるを得ませんでした。債権の回収は法的な手続きよりも前に債務者が信頼できるかどうかがほぼすべてです。例えば倒産した会社に掛けで商品を卸していたり、さほど親しくない知人に借用書を書かせ、代わりに貸したりと言った場合であれば法的な拘束力を用いて債権を回収することも可能ですが、それですら全額を回収すると言うことは意外に手間のかかるものです。ましてや今回に至っては証文もなし、身内の間で口約束だけで毎月お金を貸しているとなるとどうにもなりません。向こうが「くれたものだ」などと言い張られるともはや話にならないのです。

力になれるかどうかはわからない、と前置きした上でそれでも私としましては、何か少しでも役に立てないものかと、より詳細に彼から話しを伺うことにしました。いわく、義父母は既に定年に達しており、日々を好きに暮らしていると言うことです。また、奥さんには専門学校に通っている妹がいるとのことだったのですが、彼女は父親と同居しつつも、専門学校を卒業したら、今度は海外に留学したいとのことでした。しかし、そのお金を工面するために仕事をしたり、奨学金の獲得に精を出したりなどはこれっぽっちもしておらず、当然のごとく依頼者夫妻からお金を借りようと考えているとのことだったのです。

聞けば聞くほどひどい状況でした。実際のところはわかりませんが、依頼者の男性によれば奥さん本人は人間ができており、浪費もしないと言うことですが、その裏を想像してみると、それはもしかしたら家族からたかられてきた結果、常に彼女が犠牲になってきたせいかもしれないのです。またそれに加えて一点どうにも合点がいかないところがありました。依頼者の義父は不動産を所有しており、十分に生活していける不労所得が毎月入ってくるにも関わらず、なぜ彼からお金をせびっているのか、私としてはその点がどうにも腑に落ちませんでした。

「義理のお父様の債務状況などは調べられますか」
私が述べると依頼者様はぎくりとした面持ちで顔を上げました。
「義父に借金があると?」
彼の言葉に私はなんとも言えないとばかりに首を横に振りました。
「その可能性も考えられます。生活が今まで通りで、物が増えたり、旅行に頻繁に出かけたりしているわけではないでしょう?」
義父に借金を押し付けられたときのことを想定したのでしょう。にわかに彼は眉間に皺を寄せつつ、俯いたまま、所在なげに貧乏揺すりを始めました。

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三分ほども経過した頃でしょうか、彼は一切口を開かず、暗い面持ちのままときに唸ったり、何かつぶやいたりしていました。 私としましてはこのままでは埒があきません。まずは大まかに状況を整理して彼に伝えることにしました。 一つ目の問題点は彼の相談内容である「債権の回収」。これに関しては非常に厳しいものだと言えるでしょう。はっきり申し上げますが、他人と口約束でお金の貸し借りなどするものではありません。貸したお金はあげたものと言うのが世の常ではありますが、しかしその限度を超えて貸さざるを得ないしがらみがあるのが今回の依頼者の苦しいところです。次に二つ目の問題点は、義妹にお金を貸す可能性が生じていること。これに関しても考え方としては前者と同様。しかしながらこの点はまだ回避できる可能性があるはずです。三点目は義父が借金を負っている可能性があること。実はこれがすべての問題の根源なのではと私は仮設を立てていました。そしてその仮設が正しいのであれば、今回の根っこは「義父の人間としてのだらしなさ」であるとくくることができるはずです。

私は言葉を選びつつも、そのことを先方に伝えました。いかな無料相談であるとは言え、なるべく親身にお客様のお話に乗ってあげられるかと言うことを私はモットーとしています。彼は黙って私の言葉に耳を傾けていましたが、やがて立ち上がり、鼻にかかった泣き声で「ありがとうございました」と頭を下げるとそのままとぼとぼと立ち去ってゆきました。

依頼者が帰った後、私は天を仰いでため息を吐きました。とても難しい問題でした。奥さんは大事。けれどその関係者は総じて信頼できない。問題はますます大きくなるばかりと言うジレンマに彼は陥っているのです。しかし私は法律家です。法的な部分に関して口を出すことはできても、他所様の家庭内の事情においそれと進言するわけにはいきません。ひどく胸が痛みましたが、私としてはそれ以上何かを述べることはできませんでした。

数日後、再び彼から電話がありました。内容は義父が一千万近い借金を抱えていることが判明したこと。彼が毎月義父に支払っていたお金はその利子の穴埋めであったと言うことでした。私としてはさもありなんと言ったところでしたが、彼いわく、義父は債務整理を勧めても頑として聞く耳を持たないと言うことでした。それどころか、貸したお金を返すつもりもないし、妹の学費を彼が出すのも当然と言った態度だったそうなのです。義母はあまり口出しをしない人だと言うことでしたが、破産することを極度に恐れており、やはり債務整理には乗り気ではないとのことでした。

ますますもって、さもありなん、です。債務整理が可能であるならば、自己破産することにより、義父母の生活はゼロからやり直すことが可能となるでしょう。手持ちの財産は失うことになりますが、それでも依頼者や義妹を困らせるようならことにはならないはずです。しかし、一家の長としての権威を振りかざし、暴君的に他人の家庭までをも浸食しようとする人にそのような思いがあるとも思えないことも事実なのです。そうでなければ、このような真似は到底できるはずがありません。

結果、私は自分の職務から離れ、一己の個人として思わず述べてしまいました。 「それで、今後どうなさるおつもりなのですか」 ほんの少しの沈黙の後、彼はほとんど呻くがごとくにこう述べました。今のままでは自分の人生が奥さんの家族に食いつくされてしまう。しかし奥さんとは別れたくない。だから、何とか奥さんに彼女の家族と縁を切るように説得してみる、と。

そうですか、と私は返しました。もし離婚をすると向こうが述べてくるのであれば、お手伝いをするつもりではあったのですが、義父や義妹と縁を切ると言うのは内々の問題です。しかし、現状においてはそれがベストな選択肢のように思えました。

結局、それ以降彼から連絡はありません。しかし、もし奥さんと不仲になっていたのであれば、離婚調停の連絡をきっと寄越してきたはずです。そうでないのであれば、おそらくは奥さんの家族と縁を切ることに成功したのでしょう。私としては心からそう願って止みません。結局、債務整理そのものには至りませんでしたが、ご相談をいただく中には、ときにこのようなケースも存在するのです。

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