債務整理コラム
生兵法はけがの元
債務整理の手法の一つに「特定調停」と呼ばれるものがあります。これは弁護士や司法書士を介さずに債務者個人が裁判所を通じて借金の減額を話し合うというものです。債務整理業者を用いないために特定調停は金額的に安く、一見すると債務者にとってメリットだけのように見えます。そのため、お金がないからという理由で特定調停を用いて個人で債務整理を行ってみようという方も珍しくはありません。しかし、当初では特定調停は強くお勧めはできません。これは債務整理業者と言う当所の業務を突き放しても、時と場合によってはデメリットの方が債務者にとって大きくなる可能性があるためです。特に素人判断で「きっと借金が帳消しにできる」などと判断してはけしてなりません。
これは人づてに聞いた話ですが、Aさんと言う方がおられます。この方は自営でレンタルビデオ店を営んでおりましたが、不況によって閉店を余儀なくされました。その間に消費者金融からお金を借りて数百万の借金をこさえた上、店舗の賃料やOA機器などのリース料金までも滞納してしまいました。店を閉めるまでの期間、Aさんは債務整理について色々と調べていたようです。そしてあるとき居酒屋でたまたま飲み友達の弁護士さんと顔を合わせました。Aさんはこれ幸いとばかりに債権者との交渉方法について、弁護士さんに根掘り葉掘り情報を聞き出そうと質問をしたそうです。弁護士さんの方はAさんが借金をこさえていることにそれとなく気づきはしたようですが、お酒も入っているからか、Aさんの細かな状況を聞きだすこともなく、漠然とながらもその弁護士さんなりのやり方で、消費者金融に対してどのように交渉しているのかを適当にかいつまんで話をしてあげたそうです。話を聞き終えたAさんは「これで交渉がうまくいく」とばかりにきっと内心でガッツポーズをしたことでしょう。それ以降、Aさんはもはや恐れるものは何もないとばかりに着々と特定調停の書類を揃え、ついに裁判所への提出も終えたのです。
特定調停は、一回目は調停委員と面接をして現在の債務状況などをつまびらかに話します。この間においては債権者と話し合う必要はありません。本番は第二回目以降の調停なのです。そのため、第二回目の調停までの間にAさんは和解案を提出してきたリース業者に対して交渉の練習とばかりに自分から電話をかけてみたそうです。しかし、リース業者は債務額が微々たるものであるため、初めからあまり相手にする気もなかったのです。
「とにかく、私は返さないから」
早速Aさんは弁護士さんの交渉方法を自分なりにアレンジしてそう述べました。
「Aさんね、そんないばりくさってどうするんですか」とリース業者。
「返せないものは返せない!」
「いやね、うちはもういいですけどね、他の債権者にもそんな態度で出るつもりなんですか?」
「お話する必要はありませんね。話はこれで終わりです。ありがとうございました」
一方的なAさんの宣言に、リース業者はしばらく絶句した後で黙って電話を切りました。かたやAさんの方はきっとにんまり笑ったことでしょう。そしてこの成功体験に味をしめたのか、いよいよ訪れた第二回目の調停でもAさんはリース業者のときと同様、居丈高な態度で臨みました。
第二回目の特定調停の日、交渉もいよいよ佳境に差し掛かったとき、Aさんはリース業者に述べたときと同様にこう述べました。
「返しません。びた一文返しません」
「1円も返さないんですか?」と消費者金融の担当者。
「生活できないんだから返しようがないです。でも、しばらくアルバイトで生計を立てますので、月に一万円、五年間分くらいなら払ってもいいです」
その言葉に調停委員が眉根を寄せます。実はAさんは第一回目の調停で月々五万円程度ならば返済できると言うかたちで調停委員と話をしていました。ところが、交渉で興が乗ったのか、まったく予期していない言葉を次から次へと述べてしまったのです。
「Aさんね、自分が幾ら借りてるのか分かってるんですか」と消費者金融。「そんな案、飲めるわけがないでしょう」
「では『交渉決裂』ですね」涼しい顔でAさんはそう嘯(うそぶ)きました。
一瞬、調停委員も消費者金融もきょとんとした顔になりました。
「いいんですか?」
調停委員がいぶかしげにそう述べたそうです。
「はい」Aさんは胸を張って答えました。
結局、消費者金融側は異議申立を行い、Aさんの調停は失敗に終わりました。その後、裁判所が仲介することなく、消費者金融側がAさんに提示した和解案は、利息を含め、1年以内に全額を消費者金融に返済すると言うものでした。
ここにいたってAさんはようやく事態の重大さに気づいたようです。Aさんは今までの天狗のような態度もどこへやら、すがるような思いで消費者金融に利息のカットと返済期間の延長をお願いしたようですが、消費者金融側はまったく聞く耳を持たなかったそうです。 私の聞いた話はここまでです。以降のことは知りませんが、Aさんの友だちの弁護士さんにも改めて債務整理を依頼した事実はないようです。
特定調停は調停委員に公平な立場に立ってもらって『和解』を求める交渉を行います。その交渉が『決裂』したとAさんは述べ、さらに調停委員の念押しにもイエスと答えてしまったのです。それでは調停委員としてもAさんの事情を斟酌してあげることはできません。また、Aさんのふんぞり返った態度も、調停委員および債権者ともにけして心証の良いものとは映らなかったことでしょう。
確かに悪質な債権者には強硬な交渉を必要とすることもあります。しかし、それは時と場合によるものです。相手の姿勢や態度、金額のいかんによって交渉姿勢というものは柔軟に変化させねばなりません。加えて債権者との交渉においては「ついうっかり」余計なことを述べてしまうと、それが命取りになることもままあるのです。
郷に入っては郷に従えと申します。生兵法で大けがをするよりは、プロに頼んだ方が確実に借金をなくすことはできるはずです。