債務整理コラム
いきなりの飛躍は考えない
借金が積み重なってくると精神的に苦しくなってきます。どうすれば返済日までにお金を作ることができるか。寝ても覚めても頭の中はそればかりとなるはず。そうなるとどこかしら思考回路がずれてくるのか、妙な発想をすることがあるようなのです。
Oさんはまさにその苦しみの渦中にいました。Oさんは劇団に所属する傍ら、アルバイトで日々の生計を賄う20代の男性。借金の返済日は明日に迫っていましたが、この分は何とか返済が可能です。しかしOさんは多重債務に陥っており、明日のみならず、さらにその一週間後にも再び返済がやってきます。この分の返済はかなり厳しいもの。仮に借金を返済したら今度は生活費がままならなくなり、水道電気代やアパートの家賃を滞納しなければなりません。この葛藤の中でOさんはある妙案を思いついたのです。
『取立が来たら酔わせて追い返そう!』
正直に申し上げて突飛な発想です。しかしOさんは四国の生まれ。ふるさとの人はお酒好きな人が多く、慶事やら義理事のたびに、誰しもがとかく鯨飲すると言うようなならわしがありました。もちろん、Oさん自身もお酒好きで、人と飲み比べをしてもちょっとやそっとでは負けない自信があります。とくに明日の取立は僅か5人前後で経営している小口の消費者金融。大手ならば相手にもしてくれないでしょうが、ビジネスマンとも言えないような零細の取立屋ならばうまく言いくることも可能かもしれない。そうOさんは踏んだのでした。
さて、そうと決まれば善は急げ(?)です。当日、安い焼酎のパックと乾き物を酒屋で買い込んだOさんは意気揚々と取立屋が来るのを待ちました。午後も遅くなった頃、チャイムの音と共に取立屋がアパートに入ってくるが早いか、Oさんは茶封筒からお金を取り出して取立屋にそれを見せました。しかしすぐにそれを封筒に戻すとあぐらをかいた尻の下にさっと隠してしまったのです。
「あんた、何やってるの?」
訝しげな声で尋ねてきた取立屋にOさんはにやりと笑ってからこう返しました。
「とりあえず飲もうよ。金は後で渡すから」
「Oさんね、あんたこっちは業務中なんだよ。遊びに来てるんじゃないんだよ」
「飲まなきゃ返さない!」劇団仕込みの声を張り上げてOさんは言い返します。
「酒も飲めないで取立屋なんてよくやってられるな。ここで逃げたら男なんてもう張れないぞ」
取立屋は少しの間、口をつぐみ考え込んだ表情をしました。それからおもむろに携帯電話を取り出します。
彼は電話をかけながら一度部屋を出、二三分ほどして再びOさんのいる部屋に戻ってきました。
「いいよ。じゃあ飲もう」ぶっきらぼうに取立屋は述べ、Oさんの前にどっかとあぐらをかきます。
Oさんはグラスに焼酎を注いで取立屋に渡そうとしました。しかし取立屋はそれを断り、Oさんの部屋のシンクから手鍋を持ってくると、それに焼酎を生のまま、なみなみと注ぎました。そしてそれを一息に飲み干したのです。
Oさんが呆気にとられているのもつかの間、取立屋は空になった手鍋に再び焼酎を注ぐと今度はOさんにそれを手渡しました。度を越したその飲み方にOさんは内心で肝に冷や汗をかき始めました。それでも返盃に応じないわけにはいきません。強いアルコールに喉を焼きながらもOさんは、ままよ、とばかりに手鍋のお酒を飲み干しました。
Oさんが手鍋のお酒を飲んでいる間、取立屋はタバコを吸いながら黙ってOさんを睨みつけています。重苦しく澱みながらも張り詰めた空気の中、Oさんは必死になって鍋の酒を飲み下し続けます。しかし途中で喉にひっかかったのか、Oさんはむせかえり、一度お酒を噴き出してしまいました。
「噴き出したなら、ペナルティだな」 ぼそりと呟くと取立屋はくわえタバコのまま焼酎のボトルを持ち上げ、Oさんの手鍋に再びなみなみとお酒を注いだのです。
先ほどまでの自信はどこへやら。Oさんは内心で泣きそうになりました。しかし勝負を挑んだのは自分なのです。どこにも逃げ場はありません。虚勢を張ってOさんは再び手鍋に口をつけましたが、もはや身体が受け付けません。Oさんは食いしばった歯の間から無理やり流しこむようにお酒を飲み込み始めました。ですが、わずかに一口、二口で胃が激しく拒否反応を起こし、ついには噴水もさながらの勢いでこれまで飲んだものを口から噴き出したのです。
とっさにOさんはトイレへ駆け込み、嘔吐を始めました。遅ればせながら激しい酔いも重なってきてもう何が何やらわかりません。ぐるぐると回る視界を堪え、壁にぶつかりながらも這々の体でトイレから出ると、茶封筒とともに取立屋の姿は既になく、ただ開け放たれたアパートの扉が風にゆらゆらと揺れているのみでした。
突飛なアイデアや飛躍した考えなどで借金問題を乗り切ろうと思ってはいけません。Oさんの場合は激しい二日酔い程度で済みましたが、例えば酔いにまかせて借金取りに暴力を奮うなどすれば逮捕は免れないのです。借金返済に余力がなくなったのであれば、債務整理を行う。当たり前のことを淡々と実行するほうがずっと労は少なくて済むのです。
Oさんの場合、仮にすべてが目論見通りにいったとしても、早ければ次の日、遅くとも数日後にはまた借金取りはやってくるのです。はじめから彼の算段などは何の意味もなく、ただ取立屋にけんかをふっかけて、お酒を飲ませたに過ぎません。しかし彼を笑うことはできません。借金が増えると同時に督促は激しくなります。また多重債務になる可能性も高いため、そうなると取立も一社のみならず、何社にもわたることになるでしょう。そうなると日頃当然のようにできている通常の思考が働かなくなってしまうのです。
借金問題で心のバランスが崩れてきたと気づいたのであれば、債務整理のプロに相談をするなど、第三者からの意見を積極的に採り入れることを忘れてはなりません。