債務整理コラム
ゲイのパンチで目が覚めた
司法書士に債務整理を委任すると取立を即時ストップすることができます。この落ち着いた状態を作るのが債務整理の第一歩。取立屋の執ような恫喝に遭い、緊急で当所に連絡をしてきたUさんがほっと一息つけたのは何よりでした。
Uさんは五十代の元経営者。不況の煽りを受けて会社を倒産させて以降、奥さんとは離婚。アパート住まいをしながら派遣会社に所属し、日雇い警備などのアルバイトで糊口を凌いでいたとのことでした。しかし、増える利息に次第に身体の方が追いつかず、ついに滞納を始めてしまったとのことです。
Uさんは小太りかつ赤ら顔の容姿で、どことなく昭和の「モーレツ時代」を彷彿とさせる雰囲気でした。白い半袖のYシャツにグレーのスラックスを履いており、ぱっと見は小口の自営業者のようにも見えます。当所を訪れた彼は、こちらと顔を合わせるやヒョットコのように驚いた表情をしてみせ、それから「どうもどうもその説は」と笑顔で挨拶をしてきました。さらに席につくが早いか、債務整理についてこちらが口火を切るよりも早く、ここに来るまでに起こった出来事などを矢継ぎ早に話始めたのです。
Uさんのしゃべること、しゃべること。とにかく一瞬も休むことなく次から次へと雑談を繰り広げるのです。その内容も債務整理や借金問題とはまったく関係のないものばかり。興奮しているのか元からこのような性格なのかはわかりませんが、こちらとしては肝心の債務整理の話へとなかなか移ることができません。とくにかつてクルーザーを持っていたことが自慢のようで、外海に出てみんなで釣りをしたり、クラブでひっかけた女の子を連れてクルージングをしたなどと言うものへと話題は変化してゆき、終いには借金があるのかお金持ち自慢をしたいのかわからないような内容へとなってしまいました。
「Uさん、Uさん」さすがに相手の言葉を遮って当所も言わざるを得ません。「借金のお話をまずしていただけますか」 途端、Uさんは心底面食らったような顔をしました。それからみるみる沈鬱な表情へと変わってゆき、俯いて全く喋らなくなってしまったのです。こちらが訊ねる質問には数分間深く考え込んだ後、ぽつりと一言返すと言うような豹変ぶりで、これはこれで当所としても困惑せざるを得ません。特に問題だったのがUさんが今後しっかりと仕事を続けられるかどうかでした。Uさんとしては離婚相手との間にまだ幼い子どもがいるため、養育費も考えると仕事を続けなければならない。しかし、体力・気力ともにしんどくてたまらないとのことでした。
どうしても今後お金を稼げないと言うのであれば、これは自己破産のかたちになります。しかし借金もさることながら、Uさん自身の生活費だって必要になるのですから、お金を稼がないと言う流れはあり得ないのです。それを伝えるとUさんは目を閉じて、深く眉根を寄せると黙りこくりました。そうしてややもの後「もう少しだけ考えさせて貰えませんか」とこちらに伝えてきたのです。結局、三日後にもう一度当所を訪れると言う約束でUさんは債務整理の手法について再考する流れとなりました。
三日後、再び当所を訪れたUさんを見て所員一同目を剥きました。なんと顔中がアザだらけで腫れ上がっているのです。額には包帯、左目には眼帯、そして倍以上に腫れ上がり、青黒いアザが残る左の頬骨辺りには痛々しくも大きなシップが貼られていました。 「どうされたんですか」とこちらが尋ねたところ、さらに驚いたことにUさんは落ち着き払った顔で、何でもない、とばかりに片手を振りました。 「大したことではありません。とりあえずは借金の整理の話を」と涼やかに返すUさんにこちらの方が目を白黒させてしまうほどです。
Uさん曰く、仕事は続けるので任意整理で問題ないと言うことでした。過払い金を計算して引き直し計算をしてみたところ、毎月の生活費およびお子さんの養育費はきっちりと支払え、さらにある程度の金銭的余裕も持ちながら、週に二日の休日もしっかりと取れる流れになったのです。Uさん曰く、休日のうちの一日はかつての事業者仲間に声をかけ、再びビジネスを立ち上げる算段へと取り組む時間に充てたいと言うことでした。
債務整理についての大筋での段取りが決まり、話題が一区切りした頃、Uさんは「実は」と怪我の原因について話をしました。曰く、先日当所を訪れた後、今後の債務整理を自己破産にするか任意整理にするかの相談を友人に持ちかけたそうなのです。ただし、いかに仲の良い友人と言えど、借金の話題をさすがに気が引ける上、単に話をするだけでは退屈です。ですので相談事は相談事として、面白いところに友人を連れていって歓待しようと考えたとのことでした。その結果、友人と連れ立ったのがゲイの多い歓楽街。そこでしこたまお酒を飲み、もういい頃合いになって店を出たところ、二人の体格の良いゲイのカップルが歩いてきたそうなのです。
Uさんとしてはお酒も入っていたため、面白半分にゲイをからかい始めました。ゲイは最初はうるさそうに返事をしていたようなのですが、あまりにもUさんがしつこく絡んだところ、いきなり豹変。これまでの女言葉はどこへやら。 「この野郎! オカマをなめるんじゃねえ!」 やくざ顔負けのドスの利いた声音で咆哮するが早いか、ゲイのうちの一人がUさんの背後に回って彼の片腕をひねりあげました。慌てたUさんが顔を上げたその瞬間、残る一人がUさんの顔面めがけて思い切り正拳突きを食らわせたのです。衝撃で鼻血をまき散らしながら吹き飛ぶUさん。道路に倒れたUさんにさらに罵声が飛びます。 「起きろ! だらしなく寝てるんじゃねえ!」 言葉と同時にUさんの尻にゲイのハイヒールのつま先が思い切り叩き込まれます。肛門から脊髄、脳天めがけて電流のような痛みが走り、Uさんは跳ね上がるように飛び起きました。 あまりの痛みから先ほどまでの酔いもすっかり覚め、そこではじめてUさんは、先ほどまで自分がゲイに対して行った失礼な振る舞いを思い出しました。そこで何を思ったのか、彼は直立不動の姿勢から腰を九十度曲げて頭を下げ、大声で言ったそうです。 「すみませんでした!」 すると、ゲイは腰に手を当てて「良し!」と怒鳴り、落ちていたカツラを拾って再び二人で腕を組んで去って行ってしまったそうなのです。
「まあ、尻に叩きこまれたのがつま先で不幸中の幸いと言うか……」とUさん。「でも、なぜかあれで気持ちがシャンとしましてね。確かにこれまでの私はだらしなく寝ているようなものでした」 彼は言葉少なにそう述べました。正確にはなんとも言えないものの、それでもUさんの言わんとするところがこちらにも伝わります。元経営者と言う肩書きがあるにも関わらず、派遣会社から日雇いの警備に回され、稼いだお金は養育費と借金の返済で精一杯。体力も次第になくなり、それに伴い、日々の気力も喪失してゆく。そこにのしかかる借金問題。半ばノイローゼ状態の中、失われつつある希望をいつしかUさん自身が捨て去ろうとしていたそこに、強い言葉で喝を入れられたと言うところなのでしょう。
尚、Uさんいわく、最初に腕を奪ったゲイの動きは警察の捕縛術だったとのことで「あの二人は絶対、元機動隊員ですわ」と最後に呟いて帰っていきました。 世の中は広いものです。