債務整理コラム
天の試練
借金は苦しいものです。返済日までにお金を工面しなければならないにも関わらず、それを用意できないとじりじりとした焦燥感が募ります。よしんば返済できたとしても、人にお金を渡すためだけに砂を噛む思いで労働したり、恥を忍んで知人・友人に頭を下げたりなど、まさに艱難ここに極まれりなのです。
しかし、たとえその日は返済できたとしても、次の返済日はまたすぐに迫ります。ましてや多重債務の場合、次の返済日は目と鼻の先です。大体の人はここで行き詰まります。すぐに債務整理に着手する人は救われますが、多くの人は返済ができないため、今度は一本化を図るべく消費者金融を駆け回っては断られたり、金利が跳ね上がるのを承知でリボ払いにしてみたりと言った具合です。中にはヤミ金から融資を受けたり、あまつさえ犯罪に手を染めたりする人すらいないわけではありません。
この塗炭の苦しみに耐え切れず、借金苦より自殺と言う手段を選んでしまう人も過去にはたくさんおりました。現在でも債務整理の知識がない人ならばその方法を選んでしまう人もいるかもしれません。実際、消費者金融は口が裂けても債務整理を勧めたりはしません。この結果、債務整理の知識のない人は借金を減らせる方法になかなか辿り着くことができないのが実情なのです。
借金苦に陥るくらいならば死んだ方がまし。そのような思いを抱える人がいる一方、借金苦でどれほど死を望んでも、その手段を選ぶわけには行かないと言う人もまれにおられます。例えば中小企業の責任感ある経営者。不況の煽りを受けて例え倒産を余儀なくされたとしても、従業員やその家族、取引先のために逃げるわけには行かないと必死で目の前の難関に立ち向かう人もいるのです。
古の哲人、孟子はかつてこのように述べました。
天の将に大任を是の人に降さんとするや 必ず先ず其の心志を苦しめんとす
人が社会に大きな功績を残す場合、その前に天はその人を試す、と言った意味合いが籠められています。この言葉をどう受け取るかは様々ですが、文字通り、これを天が与えた試練と受け取っても間違いではありません。また、もっと当事者が主体となる受け取り方をしても間違いではないはずです。つまり借金問題ならば、返済の困難に正面から立ち向かい、人の二倍も三倍も努力して債務を返済し、完済を終えて尚、さらにその努力を続けるのであれば、そう遠くない未来、人の上に立てる人間になれるだろうと言えば、誰しもが頷くはずです。
よしんばそこにまで至らずとも、もう二度と借金をしないと胸に誓い、頑張って債務整理なり完済なりをして、借金のない日常に至ったのであれば、債務者にとってそこはもう新天地のはず。これはお金の問題もさることながら別の力のベクトルが働くためです。例えば借金生活を繰り返していた頃の友人・知人と、借金のない生活で新たに巡りあう人のそれとではまさに雲泥の差があります。親しむ人々ですらガラリと変わるのに、ましてや生活環境が変わらないはずがありません。遊興費のために借金を作り、仕事をせずにパチンコ三昧の生活をする人と、借金を持たず、毎日きっちりと仕事をしている人とでは、その周辺環境や生活リズムが同じはずがありません。借金の試練を乗り越えた人と、放置している人とでは、同じ地域に住んでいたとしても、文字通り住む世界が異なるのです。お金の問題ではなく、心構えそのものが違うのです。ましてやそれが多くの従業員を双肩に担った経営者であったとしたらどうでしょう。借金問題が終わり、いざ再起の舞台に踊り出たときには、一皮も二皮も剥けて大きく飛躍することは明らかです。
ところで経営者が借金の試練を受けた場合、かつての経営スタイルや理念も反映されます。経営とはある意味、戦国時代の武将のようなもの。さらなる繁栄を願いつつも、同時に誰しもが明日は我が身と身構えているのです。ですから仮に懇意にしてきた取引先が倒産の憂き目に遭ったとしても、債務者の気持ちがわかる分、そう大きな損害が発生しない限り、取引先としてもいきなり掌を返したように激しい取立をするわけではありません。ましてや倒産して尚、従業員の家族の責任まで負おうとする人格者であるならば、多くの取引先が少しずつでも経営者の苦しみを引き受けてくれることでしょう。ここに因果が形をなし、緩やかなセーフティネットが生じます。逆に我が身可愛さばかりを優先してきた経営者ならば、ここぞとばかりに取立を受けることでしょう。まるで昔ながらの童話のような話です。しかし、そのような我利我利亡者でも、借金問題に直面して、かつての自らの行状をしっかりと反省することができれば、そこでまたその人も変わるのです。
話を戻しますと、そもそも孟子が述べる天とは宗教的なものではありません。ここで述べる天とは、古代中国の人が直感的に感じていた宇宙の法則のようなものを指します。りんごが木から落ちたことで見つけた万有引力のようなものです。現象の裏に厳然として流れている法則と言えるでしょう。
万有引力がすべての人に働くように、孟子の述べたこの法則も誰しもの身に働きます。遊興費で借金をしてしまった人も、事業で失敗した人も、他人の連帯保証人になった人も、皆同じ借金苦に陥ります。しかし、その苦しみの種類や度合いは各人様々。だからこそ現在借金で苦しんでいる方は、返済を透かした向こうを見つめ、今自分が与えられている試練の意味をしっかりと模索してみましょう。そこで問題の本質を掴み取ることのできた人は、自力で返済するにせよ、債務整理をするにせよ、借金を完済し終えた後の人生において大きな飛躍を得られるはずです。