債務整理コラム
夜逃げをすると人生の再建が図れなくなる 〜田中さんのケース 3〜
田中さんのケース 8 順風満帆、そして。
ドヤ街であれば仕事を探すことは難しくありません。もし仕事がない日でも、複数登録した軽作業の派遣会社に連絡をすれば、次の日には大抵仕事にはありつけます。
身体はすっかりドヤ街の生活になじんでおり、そこでの暮らしはけっして悪いものではありません。毎日の労働は苦しいですが、今やすっかり顔なじみになった仲間たちもできて田中さんは幸せでした。中古ながらも自転車を買い、派遣会社への往復も楽になりました。
借金が時効になるまでの期間は5年。この調子ならまったく問題はないだろう。田中さんはいつしか借金のことを思い出すのもほとんどなくなりました。
そうしたある日、いつも通り、軽作業の仕事を終えて家に戻ろうとした田中さんは、不意にアパートの前で後ろから肩を掴まれました。
ビクリとして振り返ると、大柄でハデな縦縞スーツの男が田中さんを見下ろしています。丸刈りの頭に薄く色の入ったメガネ。鼻の下には口ひげをたくわえ、眉間にシワを寄せた表情はどう見てもその筋の人間です。
「あんた、田中一郎さんだね。うち、債権譲り受けたもんだけど」
田中さんの顔がたちまち青ざめます。
「なんでここが……」
田中さんの肩に腕を回しながら、回収屋は田中さんの顔を覗き込みます。そしてヤニ臭い息を深く吐きながら、こう言いました。
「人生はあんたのもんだけじゃないんだよ。妹にだってダンナがいて、子どももいる。わかるだろ?」
……売られた……。
もはや抗う気力もなくなった田中さんは、回収屋の促すまま、近くに駐車していたライトバンへと乗り込みました。
その後の田中さんの行方はようとして知れません。
物語は以上です。
さて、最終的に破滅を迎えてしまった田中さん。彼はなぜ夜逃げに失敗したのでしょう。答えは「なぜ」ではないからです。借金問題で夜逃げを行えば、ほぼ必ず失敗します。
夜逃げをしても借金はなくなりません。もうすぐ時効だなとおもったところでサラ金会社は簡易裁判所に申し立てを行います。それによって時効の期間は延長になるので、実質的には莫大な金利がかさむだけなのです。
また、いわゆるちんぴらやくざのような債権回収業者に、サラ金が債権を売ることもあります。そうなると彼らは裏のネットワークを駆使して、債務者の家族に脅しをかけたり、勤め先を洗い出したりして債務者を捕まえることになりかねません。
田中さんが身分証明を出すことをことのほか嫌ったのは、サラ金やサラ金の関係者に身元を特定される可能性を考えていたためです。また、田中さんが自転車通勤にしたのは、自動車やスクーターでは運転免許を更新する必要があるためです。
サラ金会社にも弁護士が存在しますが、弁護士は住民票を開示させることで債務者の居場所を割り出すことが可能です。そのため、夜逃げをすると国民健康保険も使えませんし、運転免許もパスポートも持つことができません。身分証明が必要なまともな就職はできませんし、結婚だってできません。もし仮に内縁の関係で子どもができたとしても、子どもを通学させることもできません。もっといえば大事な家族が亡くなっても葬儀に出ることすらできないのです。
このように、どういうパターンを通っても借金での夜逃げは失敗します。夜逃げをするほど追い詰められている場合、国は債務者の状況を改善させるために自己破産を用意しています。
自己破産は響きが、おそらくわざと悪くしているだけで、田中さんのような状況であれば、破産することで生じるデメリットはほぼありません。ただ借金だけがゼロになり、生活必需品やある程度の現金は持ち続けることが可能なのです。
クレジットカードだけは一定期間持つことはできなくなりますが、クレジットカードは借金です。借金をしなくても、普通の生活を送ることは十分に可能です。そう考えると田中さんのような日雇いアルバイトをしながら野宿やまんが喫茶、ドヤ街で身元を隠して生活する必要などどこにもなかったのです。
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