依頼者からの借金体験記

債務整理の甘いワナ

「債務整理」にだまされる!

「お願いします。連帯保証人になってください」
 渋い顔で腕組みをしている大野さんの前で、わたしは額が擦り切れるほど畳に頭をこすりつけました。
 消費者金融に借金を断られた翌日、わたしは妻の勧めで、妻の叔父にあたる大野さんと言う方に会いに行きました。保証人になっていただくためです。大野さんは、栃木県の芳賀郡と言う、森と河に囲まれた静かな地域で農園を営んでいました。
今思い出しても不思議ですが、なぜかその日、わたしと妻は冠婚葬祭用の礼服を着て行ったのでした。そのときは精神的に礼装が一番しっくりくると感じたのです。
ともあれ、大野さんの自宅を訪ねたわたしたちは、大野さんに促されるままに、今の状況をぽつりぽつりと話し出しました。
わたしが話す間、大野さんは一言もしゃべりませんでした。時折何か言いかけてはやはり思いとどまるかのように、苦い顔で大きくため息を繰り返すだけでした。
すべてを話し終わり、ついには夫婦揃って手を突いてお願いしました。妻に頭を下げさせてまで、親族の好意にすがる己の情けなさにわたしは身震いが止まりませんでした。
どれくらい頭を下げていたのでしょう。重い口調ながらも、ついに大野さんが言いました。「わかりました。連帯保証人を引き受けましょう」
だけどね、と、お礼を言いかけた私を手で制しながら大野さんは静かに言葉をつぎ足しました。「もしこれが返せなくなったら、債務整理も考えないといけませんよ」

“債務整理のご相談なら”
“借金の一本化承ります!”
“多重債務に苦しんでいるアナタへ”

電車の中吊りにずらりと並んだ債務整理の広告。その1つひとつをわたしは食い入るように見つめていました。
債務整理。多重債務の処理方法について考え始めたのは、大野さんの言葉によるものです。大野さんが保証してくださった額は150万円。三ヶ月分の金利と生活費を併せた金額でした。一方、この頃の多重債務の総額は780万円。仕事は相変わらず少なく、返済のアテもないにも関わらず、日数だけが経っていました。
このままではいけない。焦りだけが自分の中でジリジリと募ってゆきました。うつ病もさながらに絶えず最悪のパターンを想定している中、いつの間にかわたしは、どう会社を再建させるかよりもむしろ、たとえ会社を閉めたとしても、家族や第三者に迷惑をかけずにどう多重債務を処理するかの方へと考えを傾かせていたのでした。

わたしは蒲田の駅裏の駐車場で携帯電話をかけました。ダイヤル先は電車の中吊り広告で“債務整理 何度でも相談無料!”と記載してあった弁護士事務所です。
「おまたせいたしました。A法律事務所です」
 無機質な早口でテレホン・オペレーターの女性が告げてきました。会話の間も始終カチャカチャとキーボードの音がしており、さらにその後ろからは、かすかな声ではあるものの、他のオペレーターたちの応答の声が幾重にも重なって輪唱然と私の耳に響いてきました。
あの、と言いかけたわたしをテレホン・オペレーターがさえぎりました。
「おそれ入りますが、お客様のご住所・ご氏名などは現段階ではお伺いできません。ここで当社がお伺いしますのは、お客様の債務件数・債務総額・それぞれの金利・最初のお借入の時期・お借入をした事業者名です。それでは、それぞれを順番にお願いいたします」
 ためらいつつも、問われるままに1つひとつに応じてゆくと、やがてオペレーターは「債務整理が行える可能性がございます。当社にて詳細をお伺いいたします」と告げてきました。

「あなたは運がいいです。この債務状況ですと、他の法律事務所なら、自分のところでは扱えないから法テラスで相談してください、で終わりでしたよ」
 ガチャリと電話を切る仕草をしつつ、A弁護士が言いました。
 結局、わたしは弁護士から勧められた任意整理を受け入れることにしました。理由はもはや多重債務の返済のメドが立たないためです。金利だけで毎月20万円超。この現状を弁護士に相談しているうちに、もはや、とてもこれから返済している見込みはないことに気づいたのでした。
任意整理は裁判所を通さず、委任された代理人が直接債権者と交渉をするものです。公的なデメリットは少ないですが、この債務状況ならば民事再生を勧めるところだとA弁護士は言いました。
それでもわたしが任意整理を選んだのは、任意整理ならば多重債務の整理をしつつも、連帯保証人への請求が回避できるためです。
「時間のある日はアルバイトで働き、奥さんにもパートに出てもらえば5年と少しで完済できるでしょう。がんばってください」
債権一覧記入用紙と書かれた書類に完済までの期日を書き込みながらA弁護士は言いました。
 未来が見えると言うのはやはり嬉しいものです。わたしは一も二もなく賛同し、A弁護士にすぐに債務整理に踏み切っていただくよう、手続きいたしました。30分5000円と言う高額の相談料でしたが、その甲斐はあったと自分に言い聞かせました。
 それからの数週間は実に平穏でした。督促はぱたりと止んだ上、毎月の支払いは16万円程度に抑えられました。800万円強にのぼっていた債務総額も570万円程度にまで減り、しかもまだ2社ほど債務の圧縮を行う余地が残っているのです。取立が現れなくなったことで、わたしのみならず、妻の顔にも次第に笑みが戻ってくるようになりました。

 ところが三週間後、A法律事務所からわたし宛に請求書が届いたのです。その中身を見てわたしは愕然としました。着手金と実費を併せて請求額が120万円。これが5年間の分割ローンとして請求されてきたのです。これでは債務整理を行う前とほとんど状況が変わりません。解約ができないかと、わたしは慌ててA弁護士事務所に電話しました。
「A弁護士は現在席を外しております」無機質な声でオペレーターが述べました。「なお、ご解約されるのは構いませんが、債権者に受任通知を送っている以上、着手金および実費の返還は行えません。それでもご解約されますか」
 その言葉を耳にした途端、わたしは、自分の顔から音を立てて血の気が引いていくのを感じました。
だまされた! そうだ、わたしはだまされたんだ!
 それから後のことはよく覚えていません。取り乱したわたしはオペレーターとの間で、A弁護士を電話に出す、出さないで押し問答となり、結果的に後ほどA弁護士から連絡してもらうことで決着がつきました。
 
「あなたねえ、任意整理を勘違いしてるんじゃないの?」
やっと電話に応じたA弁護士が、嫌そうな口調で言いました。
 A弁護士の言によると、任意整理とは債務を減らすものではない。返せる期日まで債務をどこまで引き伸ばすかが大事なのだと言うことでした。また請求に関しても、着手金や実費が一社ごとにかかるため、妥当な金額だと断言されたのです。
 その言葉が正しいのかどうか、わたしにはわかりません。ただ、納得が行かなかったのは確かです。でも、と食い下がったわたしを制し、A弁護士がたたみかけてきました。
「そもそも破産同然の現状で、保証人に請求は回せないなんてワガママを言うから、任意整理にしてあげたんですよ? 嫌ならもう債務整理を止めましょうか? ローンだけ残りますよ。それでいいんですか?」
 こう言われては反論の余地もありません。結局わたしは、釈然としない思いを胸に抱えたまま、すごすごと引き下がるしかありませんでした。
 

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