依頼者からの借金体験記
青空と債務整理
5章
開けて1月。正月休みが終わると、私は「シン・イストワール法律事務所」に電話をかけた。山辺と名乗る事務の男性が出て、「思い出せる範囲で結構ですから、借入先、借りている額、初めて借りた年月等を記入した一覧と、カードと全通帳を持ってきてください」と言った。小宮山という司法書士と10日後の午後に「シン・イストワール法律事務所」で会うことになった。
実際のところ、私はここまで自分がいくら借りているのか、何社から借りているのか、把握していなかった。この数年間、気にしたのは、今、いくら借りられるかだけだった。私は、会社の机の引き出しの中に保管しておいた比較的新しいローンの申込書や契約書の類い、妻から返してもらった請求書の明細などを開きながら、言われた内容を書き留め、マックのイラストレーターで一覧表を作った。
- A社70万円
- B社70万円
- C社152万円
- D社80万円
- E社100万円
- F社50万円
- G社35万円
- H社20万円
- I社35万円
- J社42万円
- K社40万円
- L社40万円
- M社40万円
- N社10万円
- O社50万円
- P社40万円
- Q社30万円
- R社20万円
- S社40万円
- T社50万円
合計20社 合計1014万円になった。
半分以上は不明やうろ覚えだったが、最初に借りた時期も合わせて書き込んだ。
妻がその一覧を見て驚き、呆れ、怒った。妻には300万円くらいとしか伝えていなかったが、実際は1000万円もあったからだ。嘘をついたわけではない、私も、こんなにあるとは思わなかった。
約束の日、私は「シン・イストワール法律事務所」を訪れた。待ち合い室で1分ほど待った。その1分間の雰囲気は歯医者などの病院の雰囲気とは全く似ておらず、私の胸の内を堅くした。司法書士がやってきた。テーブルがひとつ置かれた個室に案内された。
「司法書士の小宮山です」
名刺をもらった。50代半ばくらいで、パ・リーグの某チームの遊撃手に顔が似ていた。
「山岡さんは、債務の整理がご希望」ということですね。
「ええ」
私は持ってきた一覧表を小宮山司法書士に渡した。見るなり、
「すごい数ですね」と言った。「でも、きちんと書いています。立派ですよ。他人の話を言っちゃなんですが、自分がどこから借りているかすらもわからない方が結構いるんですよ」と言った。
そんなことで褒められてもなあーって、私は心で思った。が、思うと同時に心はほぐれた。
「何にお使いになったのですか」
私は正直に話した。給料が下がり、キャッシングで穴埋めしたこと。住宅ローンのボーナス払いにあてていた夏・冬の賞与がなくなったこと。そして、妻に、金に困っていることを相談できなかったことを伝えた。
「どうして奥さんに言えなかったのですか」
聞かれたので、これも正直に答えた。
「妻が怖いからです」
「ハハッ」小宮山司法書士は笑った。「私も怖いですよ」
司法書士事務所や司法書士というと堅いイメージを抱いていたが、実際に話すとそうでもなかった。安心感とプロフェッショナルな頼りがいを私はすぐに感じとることができた。
それから小宮山司法書士は一覧表と照らし合わせて、私が持参したひとつひとつのカードを調べた。
「カードの方をお預かりして、通帳はコピーをとらせてもらっていいですか」
小宮山司法書士は山辺さんを呼び、通帳一式のコピーを頼んだ。山辺さんは、細身の背の低い男性だった。今後、私との連絡または私からの問い合わせは、この山辺事務が担当するということだった。
「それで、この債務の整理についてですが、山岡さんはどのようにしたいとお考えですか」
「個人再生と自己破産というものがあるようですが、私の場合はどちらがいいですかね」
「それは、山岡さんがお決めになることです。どちらが良いとか、悪いとかということはありません」
「そうですか。じゃあ、個人再生の方向でお願いします」
私は自己破産によって、「わが家」を手放したくなかった。
「個人再生の場合は住宅ローンを払いながら、3年間でえーと」小宮山司法書士は机にあった電卓を指で叩きながら言った。「山岡さんの場合はおおざっぱですが、1000万円として20%の200万円が弁済となり、3年間で月々5〜6万円の弁済をしていかねばならないのですが、大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫だと思います。妻も働いて協力してくれると言ってますし」
「じゃあ、個人再生ということですすめさせてもらいます」
「ところで、司法書士料は一括で払わないといけないのですか」私は大切なことを尋ねた。
「分割払いでも結構です。山岡さんは、将来の弁済のことも考えて、個人再生が決まるまで、これから毎月6万円ずつ振り込んでもらいます。司法書士料の支払いを済ませたら、それ以降の積み立ては、個人再生の時に活用しましょう」
「よろしくお願いします」
「ローンの返済はストップして結構です」
その力強い言葉を聞いて、私はほっとした。ようやく嵐をしのげる場所を見つけた「ずぶぬれ人間」のように、安堵と感謝の気持ちがあふれてきた。「シン・イストワール法律事務所」に来て、ほんとうによかったと思った。
「あと、私は、やばそうなところから借りていませんし、返済が遅れたこともないので、催促の電話はありませんが、万が一かかってきたら、司法書士さんのことを伝えてもよいのでしょうか」
「債務の整理をこの小宮山におまかせいただけるのでしたら、相手に伝えても結構です」
「わかりました。お世話になります。これからよろしくお願いします」
その後、借入先20件のうち3件から催促の電話があった。大手が2つで、あとひとつは電話帳で見つけた新宿の雑居ビルにある「マネーキャット本舗」というところだった。
「山岡さん、今月はどうしちゃったのかな。引き落としができなかったんだよね」
「その件に関してですが、司法書士をお願いすることにしました」
とたんに声色が変わった。「お願いしただー? なにかっこつけて言ってんだよ! 払えなくなったんだろ、どこの事務所、なんて言う司法書士!?」
伝えると、殴られるように電話を切られた。が、司法書士効果はすごい。それ以降は、どこからも、一本も、催促の電話はかかってこなかった。
私はもっと前にこの「シン・イストワール法律事務所」や小宮山さんのような司法書士に出会っておけばよかったと心底思った。
個人再生は早ければ6か月。私の場合はちょっと件数が多いので、決定まで1年くらいという話しだったが、実際は1年4か月かかった。そして、いよいよ「個人再生」の決定という、待ちに待った月に、私は突然の給与ダウンにあい、自己破産を選択するしか生きる道がなくなったのだった。
「最初に司法書士に会いに行った時にさっさと自己破産をしちゃえばよかったのよ」と妻は言うが、私はそれは結果論だと思った。まだ美沙が義務教育の中学生で、競売のために転校という目にあわせないでよかった。